日常に伝統がある暮らし

家での時間が好きだから、暮らしをワクワクさせてくれるもの、大事にしたいことを記録する。

いたずらされるストレスから解放されるために、不要な物は捨てました。

子供っていたずらが大好きですよね?

いたずらをした時の悪い笑顔が可愛いなと思ってしまうこともありますが、荒らされた物を片付けるのって意外と時間がかかって時間が奪われる。

 

疲れている時なんかは「やめてよ~!」と強めの口調で言ってしまうことも・・・

子供は遊んで欲しいだけなんですよね。

遊んでくれたり、怒られたり親の気分で態度が変わるのって子供からしたら混乱しそうですよね。

「昨日はよかったのに今日はなんで怒るの?」ってね。

 

最近娘は私の口調を真似します。

「〇〇〇でしょ!」

「怒るよ!」

などなど・・・

 

イライラした様子の娘をみて、そんなにプンプン怒ってると友達に嫌われるんじゃない?と話をしていて、ハッと我にかえりました。

「その態度は私を真似しているのかな・・・?」

 

そうですよね。子供が真似をする対象って親だよね。

毎日起こってばかりだったんだなと今更ながら反省しました。

 

なので、少しでもストレスを軽減するために家の中にある不要な物、子供の目について遊ばれそうなものはできる限り処分しました。

 

1年以上使っていないもの、未練が無いものは捨てると決めると案外あっさり決められるものですね。

 

荷物が減ることでスペースが空いて片づけが容易になります。

今度はおもちゃを子供と楽しく片づける方法を考えていこうかな。

私がいらだつ理由は、伝わらないさみしさだ。

夫婦ってなんでしょう。

家族ってなんでしょう。

夫に対して苛立ちを感じるたびに考えます。

 

お互いを思い、理解しようと距離を縮め、家庭を作ろうと思ったはずがいつから考えがズレてしまったんだろう。

 

私は母を尊敬している。

私の母は私が小学生の頃から働き始め、私は共働き家庭の環境で育った。

父の帰りは遅く、家にいることは少なかった。

母はフルタイムで勤め、家事もすべてこなしていた。

ときどき疲れた顔はするものの、父の愚痴や文句はひとつもなかった。

父に対していらだつ姿もなく、時間が合う時は父が好む料理を出していた覚えがある。

 

私は家にいる時間が心地よく、家族で話す時間が好きだった。

小さないらだちも表情に出さず口にもしない母。

今考えると、私は両親が喧嘩するのを見たことが無い。

あぁ、実家の心地よさは母のおおらかさが作っていたのだな。

母は偉大だ。

 

今、私も母と同じような状況にいる。

家は心地よい環境であってほしい。

日々笑顔がある暮らしが良い。

そんなことを願うのに、いらだちや不満を口にしてしまう。

 

なぜイライラするのだろう

・自宅で過ごすほとんどが携帯ゲームに夢中

・常に自分のペース。

 

いくつか不満考えるととても小さいことだらけ。

 

私のいらだちの大部分は夫に理解されないさみしさなのかもしれない。

母の様に理解されずとも優しくできる妻になるためにはまだまだ修行が必要です。

 

我慢し続けることが良いことだとは思わない。

でも、時には考えない事もひつようなのかな。

いくら言葉にして説明しても、訴えても今の夫には響かない。

向き合おうとしない夫に対して言葉を積み重ねることに少し疲れてきた。

 

少し休もう。

理解ではなく受け入れる努力をしてみよう。

衝突ばかりして消耗するのも馬鹿らしい。

 

違う方法で衝突せず理解しあえる方法を探してみよう。

ズッキーニのぬか漬け

夏野菜が店頭に並ぶようになりましたね。

ここ数年でお気に入りになったズッキーニ。

きゅうりの様ですし、ぬか漬けに良いのでは試してみました。

 

個人的には焼いて食べるよりぬか漬けの方がが好きです。

程良い食感に酸味と塩気。ポリポリとお箸が進みます。

 

たまごのぬか漬けもやりますが、ほのかにぬかの香りがして食べやすい。

チーズのぬか漬けと言うのもネットでみたことがあるので試してみようと思います。

漬けるだけで一品になるぬか漬け生活はやめられませんね。

 

 

ワクワクする時間ってどんな時。

ワクワク、ドキドキ感じる時間ってどんな時ですか?

あまり意識していないかたも多いのではないでしょうか?

 

旅行に出かけた時?

高級レストランに出かけた時?

好みの洋服に出会えたとき?

注文した商品が届いたとき?

 

私はどんな時にワクワクを感じているんだろう。

 

風呂敷を使っているとき

暮らしの中に手で作られた作品があること

自家製野菜が届いたとき

布巾の煮洗いが終わった後の汚れ落ちをみた時

米麹を作っているとき

 

私は主に、人の手で作られる工程や作品を見ることが好き。

その作品を家庭の中で使えるのはもっとワクワクする。

野菜に関しても作り手が愛情をこめて作った野菜ってわかるから

味が何倍も美味しいのかも。

 

長い歴史の中で伝えられてきた食や生活技術の智慧を今引き継いでいると思うと

もっと知りたい、活用したいと言う思いになる。

 

家事は機械に頼ればとってもラクになる時代なのになぜだろう。

私はどんどん手作業をしたいと考える。

 

掃除機ではなく箒で

食洗機ではなく石鹸で手洗い

炊飯器ではなく釜で

漬けものはぬか漬け

野菜も買うではなく作りたい

 

書き出したことを振り返ると、私は暮らしを作ることが好きだ。

暮らしの中の智慧や技術を知るたびにワクワクしている。

 

今度おばあちゃんに会いに行こう。

 

 

テレビよりラジオがいいかも。

テレビが好き。

帰宅するとなんとなーくつけちゃったりする。

興味もない番組もなんとなーく観ちゃう。

そうすると、興味がない番組でも途中まで観ちゃうと「気になる・・・」ってなって手がとまったりするの。

 

そういうことないかな?

 

面白くないのに何となく観ちゃって体の動きが鈍る。

そうすると、余裕はあるのに時間が無いという現象にぶつかっちゃうの。

子供との会話の時間も少なくなってあんまりいいことないんだよね。

 

実際にテレビを見ないで過ごすと会話の時間も多いし、家事がスムーズ。

心にも時間にも余裕が持ててすごくいい。

でも、子供とずーっとぺちゃくちゃと話をするわけじゃないから当然音が無い時間もあって、寂しいなとも感じちゃう。

 

だから、ラジオって調度いいよね。

家事しながら情報を手に入れることができて、適度ににぎやか。

 

災害用にもなるし、ラジオ買おうかな。

 

 

洗剤の発展はすごい。でも、洗いすぎ?

1日着た洋服はどれくらい汚れているの?

 

洗濯機のカビに悩まされてから、洗濯する意味や洗濯方法、洗濯の変遷などそんなことを考えた。

 

なんでこんなにも毎日洗浄力の強い洗剤で洗濯しているんだろう。 

 

洋服に油汚れがついたわけでもなく、泥だけにしたわけでもない。

1日の大半を室内で過ごしていたのなら、洋服の汚れは皮脂汚れと埃や花粉程度の汚れではないだろうか。

それなのに、強力な合成洗剤を使う必要はあるの?

 

洗濯ってなんだろう。

合成洗剤を使用する必要性は?

石鹸のメリット・デメリットは?

手洗いでは不十分?

 

合成洗剤や洗濯機を悪く言うわけではないけど、そこまで洗浄する必要はあるのかな?と疑問を持つ。

 

合成洗剤は洗浄力が高く、少ない水で素早く真っ白になる。そのかわり、生分解性が遅く毒性をもつ洗剤もあるんだって。

 

便利になって時間を手に入れた代わりに得たものはなんだろう。

 

 

便利な時代に退化する暮らし。パート2

洗濯機ってどこまで信用できますか?

 

洗濯槽の掃除をしても、槽の裏側がどれだけ綺麗になったかわからない。

洗濯機の容量に反して大量の洗濯物を入れた場合どれだけ洗えているのかな?

洋服に洗剤が溶け残った場合身体にどんな影響を与えるのだろう。

 

我が家の洗濯機はどれだけ洗濯槽が汚れているかわからない。

掃除をしたものの、何度すすぎをしてもピロピロがでてきてしまう。

何がいけないの?

折角洗濯したものを汚れた水ですすぐの?

そんな洗濯物ストレスが溜まってしまい、ついに手洗いを開始。

 

といっても、すべてではないですよ。

手で洗えるサイズの物と汚れが落ちにくそうな洗濯物をチョイスしてゴシゴシ。

そもそも、普通に生活しているだけだったら落ちなくなるほど汚れることって少ないんじゃないのかな。

 

最近の手洗い方法。

①帰宅後たらいに洋服とアルカリウォッシュをいれて漬け置き。

②入浴時に洗濯板で石鹸を使ってゴシゴシ

③水が汚れなくなるまでバシャバシャすすぎ。

④手で水を絞った後、熱めのお湯を用意して数分漬け置き。

熱めのお湯で殺菌ができるかな・・・?と思いまして。

⑤洗濯機の脱水を使用して終了。

 

今のところ洗濯物の匂いで気になることもなく問題はないから大丈夫かな。

 

残った大物の洗濯物は洗濯機へ。

洗濯物の量が減ったことで、洗剤が溶けやすく洗濯機本来の力が発揮できているのではないかと思われます。

 

少し手間はかかるけど、やり始めると楽しくて、目に見えて汚れが落ちるのってやっぱり楽しい。掃除の楽しさもそんな感じですよね?

 

今はプラスチックの洗濯板を使っているけど、色々な洗濯板でも試してみたいな~。